まいどおおきに😊
ととちょくひいらぎ庵の志乃です。
今日は、私のもう一つのお仕事
天橋立名物 吉野茶屋の智恵の餅でのおはなし。
この智恵の餅は、350年継承されてきた天橋立の名物で
智恩寺に祀られる日本三大文殊菩薩の知恵を授かると言われるお餅で、
また、伊勢の御福餅(赤福餅)の元となったお餅です。
まあ〜そんなところへ嫁にきて17代目と言われておりますが
古すぎて正直わかりません。
しかし、350年は智恩寺の文献ににも納められており歴史的には嘘はないようです。
そんな吉野茶屋の智恵の餅❣️
今日は、その先代の法要でした。
嫁ぎ先は、京都花園 妙心寺を本山「臨済宗」。
私の実家は、京都東本願寺 本元寺真宗大谷派「浄土真宗」。
正直、宗教というものさほど興味はないのですが
「お経」というものに子供の頃から何気に惹かれており
特に、あの漢字の羅列、擬音語らしき反復。
そして、食事の時、葬儀、法要といった場面で唱えられるお経が違う。
だけどその意味などはなにも知らず。。。。
めっちゃ気にはなってるが、日々の生活に「今度訪ねよう。。。」
みたいな。
でもでも今回、義理の父の法要で『今!いまや!なんか知らんけど今日聞きたい!』
と、物凄く心がワサワサしたので住職に
「今度、お経の意味?内容を教えてもらえませんか?」意を決していうてみた!
住職は、私に一冊の意訳・解説の本をくださいました。(感謝!)
すごいです。
なんで、この場面でこのお経を読むのか???
てことがわかりました。
ただ、内容の読込みをもっとして理解したいと。
当字的な文字であってもそこに意味があります。
なぜを「舎利」を骨身・霊骨というのか?
人を「衆生」という文字が当てられてるのか?
物凄く気になります。
今回、この解説本で何気にふと感じたのは
お経を理解して唱える・聴くというのは
気持ちが「素」「無」というのか、
この世のせちがなく生きてる私たち
「身体」に「心」を
住職が言うところの「空」にしてくれるということが
少しわかったような。。。😇
住職がいう「空」については
また今度❣️